著者・小野隆行氏は、日本の特別支援教育を牽引する若手リーダー。20代で発達障害の子と出会い、自分の指導を根本的に見直す必要に迫られ、多くのドクター・専門家と共同研究を進め、医学的・脳科学的な裏付けをもとにした指導を行ってきた小学校の先生である。
著者は同書の「まえがき」で、本書執筆にかけた思いをこう記している。
「私は初めて特別支援学級の担当になった時のことが忘れられない。毎日震えるように学校に来る子、行事が近づくたびに恐怖でパニック症状が出る子。この子達はなぜ、ここまで苦しい思いをしなくてはいけのかと毎日悩んだ。
そして、この子達を苦しめる原因の多くは、私達、教師側に問題があるということがわかった。今まで特別支援学級であたりまえのように行われていた指導がどれほど非科学的な行為であるのか、子どもを傷つけているのか。特別支援学級とはいったい何なのだろうか。そのような現場への憤りが、本書を執筆する原動力となった。
本書によって、少しでも現場が変わり、子どもが変わり、日本の特別新教育が一歩でも二歩でも前進することになれば幸いである」──と。
■「仮面ライダーの師匠」、A君との出会い
上記の「まえがき」で、著者は自身が「仮面ライダーの師匠」と呼んだA君との日々と別れについて、厚く記している。
A君とは、どんな子供だったのか?
彼はとても荒れていて、大変な六年生の男の子だった。新学期になると、最初は座って勉強しているものの、一ヵ月もすると教室を飛び出すようになり、そのうち、勉強中の他の教室に乱入。教師が注意すれば、叫んで逃げる。毎日がその繰り返しで、ASD(自閉症スペクトラム)・ADHD(注意欠陥・多動性障害)という診断もあり、愛着障害の可能性も高い子だった。
多くの先生方が対応に困るなか、著者は毎日、朝と昼休みにA君と遊ぶ。A君がはまっていたのは、著者の四歳の息子さんと同じ、仮面ライダーだった。それで著者は、彼を「仮面ライダーの師匠」と呼び、毎日、仮面ライダーのことを教えてもらったのだ。
著者はA君と根気強く、何があってもあきらめずに関わりをもち、その間に挨拶をすること、悪いことをしたらあやまることなど、大事なことを教えて、褒め続ける。結果、著者の教室には、「失礼します。入っていいですか」と言って入れるようになった。しかし、他の場所では難しかった。
福祉事務所も児童相談所も教育委員会も総動員してその子に対応していたが、外に出すと事件が起こるため、授業中は職員室で監視。それでも事件は山ほど起こり、学校に対し、様々な関係機関からのクレームが殺到。
A君がやっていることのほとんどは、わざとではなかった。しかし、まわりの大人は「六年生だから」と叱責する。本人は、なぜ叱られたのかがわからない。残るのは、叱られたという事実だけである。だから、余計に繰り返す。そして、叱責される。その繰り返しのなかで、A君の眼は、次第につりあがっていく。
そしてある日の夜──。A君は家で暴れて警察が介入する事態になり、彼は児童相談所へ一時預かりになることが決まった。
その翌日の朝、A君は児童相談所へ行く前に、職員室に残されていた自分の荷物を取りに、学校にやってくる。そして職員室に行く前に著者の教室に立ち寄り、教室の入り口でこう言ったのだ。
「先生、ありがとう」
著者が理由を聞くと、「いっぱいしゃべってくれたからだ」と言う。
「児童相談所へ行くから、もう先生に会えない。だから、最後の挨拶に来た」のだと。
著者は涙を流しながらA君の手を固く手を握り、良いところをたくさん話し、励ます。A君は赤ん坊のような柔和な顔になっていたという。しかし、その後に行った職員室で彼は自分の思い通りにならないことがあって大暴れする──。
■変わるべきは教師
A君について、著者の周囲にいた多くの教員はこう言った。
「A君のようにどうしようもない、指導のしようもない子がいる。小野さん(著者)は医療につなげること、環境を整えることと言っていたが、それでも上手くいかない子がいる。そこをなんとかしないと問題は解決しないと思う」と。
それに対し、著者はこう答える。
「環境というのは、私達、教師も入ります。だから、問われているのは、私達がどのように対応するか、指導を考えるかです」
そして、こう続ける。
「私達が忘れてはいけないことは、彼が最初の一ヵ月は学習に取り組んでいたということです。彼も今度は頑張ってみようと思ったのです。しかし、だんだんとノートの字が乱れていき、書く量が減り、そしてやらなくなっていったのです。そんなふうになったのは、最初からではないのです。そして、私のところでは、ルールを守っていたのです。
私がやったことは、「教えて・やらせて・褒める」の繰り返しです。それだけです。
二度とあのような子を生み出してはいけない。子どもだけに原因を求めては良くなりません。変わるべきはこちらです」と。
*
学校中が「あの子はどうしようもない」と言う子供たちがいる。しかし著者は、変わるべきは教師なのではないか、教師は何をするべきなのか、なすべきことをすべてやっているのかと問う。
「子供たちの不安、恐れ、怒りを真正面から受けとめよう。笑顔あふれる教室をつくろう。そして、教育界を変えよう」
本書は、そう誓い、日々、実践をし続ける著者に手になる、日本の特別支援教育に一石を投じる渾身の提言である。
シリーズ:特別支援学級「鉄壁の法則」
特別支援学級「感動の教室」づくり
定石&改革ポイント
著者:小野 隆行ISBN-13:978-4908637988
発売日:2018/12/18
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■著者紹介
小野隆行(おの・たかゆき)
1972年、兵庫県生。香川大学教育学部卒。現在、岡山市立西小学校勤務。
新卒で向山洋一氏の実践に出会い、授業を追試することで子供達が変わることを実感。
27歳で師匠である甲本卓司氏に出会い、同氏を代表とするTOSS岡山サークルMAKの立ち上げに関わる。
現在はTOSS岡山代表。
著書に『発達障がいの子がいるから素晴らしいクラスができる! 』『特別支援教育が変わるもう一歩の詰め』
『喧嘩・荒れ とっておきの学級トラブル対処法』、共著に『発達障害児を救う体育指導──激変! 感覚統合スキル95』
(いずれも学芸みらい社)等がある。
■目次
第1章 特別支援学級にこそ必要な向山型指導
第2章 正しい行動を定着させる教師のスキル
第3章 教室の力が生み出す支援学級のドラマ
第4章 保護者への情報提供者としての教師の役割
第5章 優れた教師の行為は優れた技術が支える
第6章 子どもが落ち着くプロの教室
第7章 子どもを伸ばす優れた教材・教具
第8章 この目で見た! 参観者が分析する小野学級
第9章 学校の中の当たり前や常識を疑ってみる